2023年1月5日木曜日

囲碁の日。特別寄稿。スペシャルな考察。

  橘中の楽しみ。とは碁の楽しみのこと。中国の『幽怪録』より来ている話で。昔、中国で橘の園を持っている人がいたがある冬ひどい霜で橘が皆枯れてしまった。枯れた橘の中の実を割ってみるとどの実にも2人の老人が向かい合って碁を打っていた。老人たちは長い白髭を生やし血色もよく盤をはさんでいかにも楽しそうであった。

 左近の桜。右近の橘。

橘といえば源平藤橘。

 皆さんは「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」という言葉をご存知でしょうか。 これは日本の歴史の中で、奈良時代以降に繁栄した氏族である源氏・平氏・藤原氏・橘氏の四氏のことを指す呼び方をいいます。

 ちなみに近所に橘(たちばな)中学校がある。

1月5日。囲碁の日。

本棚の奥から囲碁名言集なるものを引っ張り出してきてちらっと読んでいる。

知らない言葉も多い。

  • のぞきに継がぬ馬鹿はなし。

  • 昨日の淵は今日の瀬。

  • 長生は生きでも死にでもない。

  • 勘定あって銭足らず。

  • 賢愚この中に老いゆ。

  • 犬がにしむきゃ尾は東

  • すいた水仙すかれた柳。

  • 理詰めより重詰め。

意味が分からない。昔は囲碁のゲームとかよく遊んだなあ。

人工知能に人間が勝てなくなってから何年たったかな。

19×19は361。いくいく寒い。と覚える。囲碁盤の交点の数。『361』奇数なので白か黒か決着がつくというわけだ。

白と黒でいうと日銀総裁が白川氏黒田氏と白黒で続いた。

任期はあと少し。不思議な感じしたが。


不思議な感じでいうと白と青(昔の黒)。昔は黒を出すのが難しく青色が黒の役目を持っていたらしい。葬式の時は白黒。歌合戦の時は紅白。


2011年大相撲の横綱は白鵬と朝青龍。ともにモンゴルの外国人横綱で『白』と『青』だなあと思っていたところ。ちょっと不吉だなと。地鎮の役割もある大相撲が、外国人力士で大丈夫だろうかと思っていたら案の定3.11の大震災が起きた。


もちろん横綱が悪かったから地震が起きたのだとかいうつもりはないが。なんだかすごい不思議な感じがしたのだった。そんなこともあって12年前のことも意外と覚えているのだった。


 韋護の話だったかな。

藤竜の封神演義では金田一のオマージュ的に描かれて超感覚を持つ男。感覚男。独自のセンサーを備えている感じ。結構強いんだよな。韋護。結構ファンも多いのではないかと思うが。さすがに4本目で話題が飛び飛びになるな。集中力。

囲碁の日にピタッと囲碁の本が出てくるあたり良く整理された本棚で。ご自慢の書棚だな。囲碁の本より将棋の本のほうが断然多いのだけれども。囲碁は親戚に強いおじさんがいて・・・・とか囲碁・将棋・麻雀は人とおりできるけど幸せなことだ。無駄なゲーム代がかからない。ドラゴンクエストだとかファイナルファンタジーだとかダービースタリオンに馬娘。ポケモンとかマリオとか。そういうのにはほとんど縁がない。子供のころ任天堂のゲームウォッチというのがあって『オクトパス』を買ってもらった思い出があるが。いわゆる流行のゲームとかはほとんどやらない感じだった。結局生涯ゲーム機も買わずに済みそう。それもこれも囲碁・将棋・麻雀あってのこと。一般の人がゲームにいくらぐらいお金かけてるのか知らないが。人工知能に負けてしまったとはいえ囲碁の魅力は対局者との対話というか。無言の対話。やっぱり盤を挟んだ人間同士にしかわからない空気とか呼吸のようなものがあり人工知能との対局では味わえない何かが残っているような気がするね。

将棋にも同じことが言える。麻雀に至ってはもろに人間性がでるので究極的に面白い。プロリーグもできたらしいし。期待が高まるところだ。

 囲碁はゲームの中のゲーム。王者だからな。人工知能に人間が負けたときはショックだったなあ。仙人とかどうなるんだろうかと。囲碁ばっかりしてる仙人とか結構いるんじゃないの?とか思ってしまう。まあ高尚な感じで。囲碁を打つ人はちょっと人間として格上な感じがあったが。今はそんなイメージも薄れているのかな。競技者人口とかどうなっているんだろうか。

 この部屋に置かれましても囲碁盤はプリンターの台として活躍するのみで。パソコンの中に囲碁のソフトもあると思うのだが。

 囲碁の場合、単なる遊びを超えた何かを感じる。風水とか陰陽の道具としての囲碁。白と黒。で白黒つけるとか中国なら黒白(こくびゃく)という言い方もある。

歴史的に重要な意思決定で囲碁が果たしてきた役割はこの東洋の歴史において無視できないものがあると思う。

 一年は365日。一年の5日目の1月5日の囲碁の日。碁盤の目の361点。

その年の一年を占うにはもってこいのこの日。

囲碁にまつわる話で絶対に忘れられないのが『捜神記』少年の寿命の書き換え。管輅と北斗南斗の囲碁の話。死をつかさどる北斗。生をつかさどる南斗。改めて思うにすごい話だ。人の定めというか。寿命まで自由に書き換えられるんだからね。自分が何歳まで生きるかとかも。仙人の囲碁の合間に決まるぐらいのことなのかもね。人生をあまりに重く見積もってもいけないし。あまりに軽く見積もってもいけないし。いろいろ考えさせられるよ。

 そう考えると日本の深刻な少子化は南斗の機嫌を損ねたか?

とか考えてしまうね。逆に長生きする人が多いのは北斗のおかげなのかもね。

北斗・南斗への信仰のバランスが悪いんじゃないかな。

 管輅がすごい。とか北斗と南斗が出てくるとか。囲碁の話だとか。寿命の話とかで覚えていたけど『捜神記』かあ。覚えておこう。


囲碁の話から。現代日本の超少子高齢化の話か。


なんだか凄まじいな。


白と黒の日常かあ。


白といえば白鷺城。黒といえば烏城。姫路城と熊本城の日だな。烏鷺の争い。(囲碁の別名)



   


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  ひどいな。人工知能。性能が劣化しているな。